難病に関する現状と動向
慢性疾患や障害など、様々な事情を持ちながらも、社会の構成員として自律して暮らせる社会づくりは、日本の大きな課題といえます。過去には、難病の治療を続けながら職業生活を送ることには社会の理解不足も手伝って多くの逆風もありました。しかし、現在では法制度も整い始めています。
1.少子高齢化、情報化、グローバル化等による社会的な「追い風」
我が国は「企業戦士」「24時間働けますか」というように、バリバリと働くことにのみ価値をおいた社会から、子育てをしながら働く、介護しながら働く、通院しながら働く等、多様な価値観で働くことができる社会へと変化しています。
① 誰もが働きやすい社会に向けた改革
少子高齢化が進む社会において、妊娠、子育て、介護、高齢など、様々な事情があっても誰もが仕事で活躍しやすい職場や社会をつくる「インクルーシブ(包括的)な雇用」「働き方改革」などの新たな取り組みが始まっています。
病気や障害は、そのような様々な事情のひとつにすぎず、多くの企業では治療を継続させながら、適切な配慮を行い、優秀な人材を採用したい、また中途発病や症状の進行、悪化による体調変化などがあっても、できるだけ長く働いて、会社に貢献して欲しいという考え方が広がっています。
② 健康管理と職業生活の両立支援
「がん」は、日本国民の約6割が罹患する病気であるため、多くの職場にはがん治療を受けながら働く労働者がいます。そのため、がん治療と職業生活の両立支援については、すでに社会の理解が進んでいます。厚生労働省は、難病も含め、慢性疾患のあるより多くの人たちを支えるため、2016年に「事業場のための治療と職業生活の両立ガイドライン」を示しています。現在、治療と職業生活の両立のために、担当医と職場(産業医を含む)との協力による個別支援の仕組みづくりも進んでいます。
③ みんなが活躍できる社会づくり
ロボットや人工知能の発達、仕事のグローバル化などにより、病気や障害がなくても月並みの仕事のスキルでは希望する仕事に就くことが難しい現代では、これまでの大量生産型の仕事に人をあてはめるような採用の仕方や人材育成には限界があります。これからは、個々の興味や才能に着目し、できないことより、できること・やりたいことで能力を最大限に発揮し、会社や社会に貢献できるような社会づくりや企業経営(ダイバーシティ経営)が中長期的な企業価値を生み出す経営戦略とされています。
2.近年の法制度の整備
従来、難病のある人の多くが、難病を理由に不利益な扱いを受けることを心配して、病気を隠して働いていました。そのため、職場では健康管理を行えずに無理をしてしまうだけなく、企業の安全健康配慮義務上の問題となることがありました。このような状況を解決するために、近年、医療分野と雇用分野の両方から法制度が整備されました。
① 難病法による難病対策の基本的な方向性
難病法(2015年施行)に基づく、あらたな難病対策では、医療費助成、医療提供体制・人材育成、医学研究による難病の根治・克服を目指すとともに、長期におよぶ治療を踏まえ、療養環境の整備、社会参加への支援、啓発等、社会全体での幅広い取り組みを行うことになりました。それによると、職場の雇用管理や地域の支援の充実により、難病治療を継続しながら働くことのできる社会を創ることが重視されています。(P48参照)
②障害者差別禁止と合理的配慮提供の義務化
障害者雇用促進法の改正では、2016年4月から、雇用の分野における障害者の差別禁止及び合理的配慮の提供がすべての事業主の法的義務となりました。
事業主は、過重な負担にならない範囲で、障害者と障害者でない労働者との均等な待遇の確保、または障害者が能力を十分に発揮する上で支障になっている事情を改善するための措置(合理的配慮)を講じることが必要になります。
雇用における障害者差別禁止や合理的配慮の義務化
難病のある人には、職場の理解・配慮があれば職業人として活躍できる人が多くいます。「難病=働けない」という先入観をおそれて、病気や必要な配慮の説明ができないなどのコミュニケーション不足が原因で必要な配慮を受けられずに、さらに就労・健康問題が悪化するという悪循環を断つための重要なルールです。
難病のある人でも特別な支援を必要とせずに、一般の人々と同様に就職活動をして就職し、必要に応じて職場の理解や配慮を得ながら仕事をしている人もいます。しかし、不安定な病状による仕事への影響や社会の偏見、職場の無理解等のために就職活動、就職、就労の継続が難しい場合には、専門支援機関の就労支援を受けましょう。
難病のある人で就労支援が必要と考えていても、障害者手帳を持たない人は「自分は障害者ではないから」支援を受けられないと思いこんでいることが少なくありません。
日本は2007年9月に国連(2006年採択)の障害者の権利に関する条約を批准し、2011年に障害者基本法の中で障害者の定義を「障害のある人とは、身体障害や知的障害のある人や、発達障害を含めた精神障害のある人、その他の障害のある人で、障害や社会的障壁(バリア)によって、暮らしにくく、生きにくい状態が続いている人」と改正しました。そのため、障害者手帳を持たない難病のある人でも、ほぼ全ての専門的な支援(サービス)を利用することができるようになりました。「障害者」とされることは「障害者」として特別な生活を強いられるということではなく、必要に応じて社会の支援を受け、普通の生活を送れるようになることです。
地域には、様々な難病のある人の健康管理と職業生活の両立を支えるしくみ(ネットワーク)があります。このワークブックを使って、そのしくみを上手に活用しながら、あなたの健康管理と職業生活の両立に向けた準備をしましょう。
3.難病のある人の健康管理と職業生活の両立を支えるネットワーク
難病のある人と、雇用する事業主や職場の人たち双方の取り組みを支えるために、保健医療、福祉・生活、労働、教育など多様な専門分野にわたる社会的なネットワークが広がっています。
ハローワーク
ハローワークにおける職業相談・職業紹介
ハローワークでは、個々の障害特性に応じた細やかな職業相談を実施するとともに、福祉・教育等関係機関と連携したチーム支援による就職の準備段階から職場定着までの一貫した支援を実施しています。このチーム支援では、福祉施設等の利用者をはじめ、就職を希望する障害者一人ひとりに対して、「ハローワーク職員(主査)と福祉施設等の職員、その他の就労支援者がチームを結成し、就職から職場定着まで一貫した支援を実施しています。
障害者トライアル雇用事業
ハローワークまたは民間の職業紹介事業者等の紹介により、就職が困難な障害者(難病のある人を含む)を一定期間雇用し、その適性や業務遂行可能性を見極め、求職者及び求人側の相互理解を促進すること等を通じて、障害者の早期就職の実現や雇用機会の創出を図ることを目的としています。
難病患者就職サポーターによる支援
難病患者就職サポーターは、各都道府県1カ所以上ハローワークの障害者の専門援助窓口に配置されています。難病患者就職サポーターは、難病相談支援センターと連携しながら、就職を希望する難病患者に対する症状の特性を踏まえたきめ細やかな就労支援や、在職中に難病を発症した労働者の雇用継続等の総合的な就労支援を行っています。
公共職業訓練
国または都道府県が主体となって実施する施設内訓練と民間教育訓練機関等に委託して実施する委託訓練があります。
委託訓練は、身近な地域で障害に応じた職業訓練が受講できるよう、居住する地域の企業、社会福祉法人、NPO法人、民間教育訓練機関等を活用し、各都道府県が実施しています。
また、一般の公共職業能力開発施設において職業訓練を受講することが困難な重度障害者等を対象にした職業訓練も実施しており、デスクワークなどの職業訓練を受けることができます。給付金付きの職業訓練もあり、経済的な支援を受けることもできます。
厚生労働省では、離職者、学卒者、在職者向けの公共職業訓練を準備しています。(厚生労働省HP参照:http://www.mhlw.go.jp/seisaku/2013/11/01.html)
障害者職業センター
地域障害者職業センターにおける職業リハビリテーション
ハローワークとの連携の上、地域障害者職業センターは、職業評価、職業準備支援、職場適応支援等の専門的な各種職業リハビリテーションを実施します。
センター内で、作業体験、職業準備講習、社会生活技能訓練等による作業遂行能力の向上、コミュニケーション能力・対人対応力を養う支援、職場適応援助者(ジョブコーチ)支援等を実施しています。また、事業者に対しても障害者雇用の相談や情報提供を行うほか、雇用管理に関する専門的な助言・援助を行います。
ジョブコーチ支援
障害者の職場適応を容易にするため、職場にジョブコーチを派遣し、細やかな人的支援を行っています。具体的には、地域障害者職業センターに配置されたジョブコーチによる支援のほか、就労支援ノウハウを有する社会福祉法人等や事業主がジョブコーチ助成金を活用して自らジョブコーチを配置し、支援する場合があります。
障害者就業・生活支援センター
雇用、保健、福祉、教育等の地域の関係機関ネットワークを形成し、障害者の身近な地域において関係機関の連携拠点として、就業面及び生活面の一体的な相談支援を区市町村障害者就労支援事業及び障害者就業・生活支援センター事業により行っています。
具体的には、就業及びそれに伴う日常生活上の支援を必要とする障害のある人に対し、窓口相談や職場・家庭訪問等を実施しています。
①就業面での相談支援
就職に向けた準備支援(職業準備訓練、職場実習のあっせん)や就職活動、職場定着に向けた支援に加え、障害のある人それぞれの障害特性を踏まえた雇用管理についての事業所に対する助言を行っています。
②生活面での相談支援
日常生活・地域生活および生活習慣の形成、健康管理、金銭管理等の自己管理に関する助言や、住居、年金、余暇活動など地域生活、生活設計に関する助言を行っています。
障害者総合支援センター
障害のある人が自立した日常生活又は社会生活を営むことができるよう身近な市町村を中心として総合的な相談支援事業を実施しています。地域の状況に応じて柔軟な事業形態をとれることとなっておりますので、詳細については、最寄りの市町村窓口にお問い合わせください。
難病相談支援センター
難病相談支援センターでは、就労支援関係機関と連携を図り、必要な相談支援、情報提供を行っています。療養生活に関する相談支援を受けることもできます。都道府県により、ハローワークの難病患者就職サポーターの出張相談日を定期的に設けたり、就労支援員を配置したりして、地域の実情に合わせた就労支援を行っています。
就労系障害福祉サービス
就労移行支援事業所
一般就労等を希望し、知識・能力の向上、実習、職場探し等を通じ、適性に合った職場への就労等が見込まれる者(65歳未満の者)を対象に、一般就労等への移行に向けて、事業所内や企業における作業や実習、適性に合った職場探し、就労後の職場定着のための支援等を行っています。地域により名称は様々ですが、障害者の就労機会の拡大を図るために障害者就労支援の最前線の窓口として設置されており、本人や家族、事業者などから職業相談を受けています。
就労継続支援A型事業所
就労機会の提供を通じ、生産活動にかかる知識及び能力の向上を図ることにより、雇用契約に基づく就労が可能な人に対して、通所により雇用契約に基づく就労の機会を提供するとともに、一般就労に必要な知識、能力を修得した人には、一般就労への移行に向けて支援を行います。
就労継続支援B型事業所
就労移行支援事業等を利用したが一般企業等の雇用に結びつかない場合や、一定年齢に達している人などであって、就労の機会等を通じ生産活動にかかる知識及び能力の向上や維持が期待される人に対して、通所により就労や生産活動の機会を提供(雇用契約は結ばない)するとともに、一般就労に必要な知識、能力を修得した人には、一般就労等への移行に向けて支援を行います。
事業所(企業)
産業保健スタッフ(産業医、産業保健師/看護師)
事業所(企業)には、業種にもよりますが、従業員が50人以上の場合には、産業医がいます。また、従業員数に関係なく、産業看護職(保健師、看護師)のいる事業所もあります。彼らは、産業保健スタッフという従業員の健康と安全を守る専門職で、職場における健康上の相談にのり、専門的な立場で助言を行ったり、事業者や上司に就労上必要な配慮を提案したりします。
産業保健総合支援センター(事業者および産業保健スタッフが利用)
各都道府県に1か所設置されており、主に、産業医、産業看護職、衛生管理者、安全管理者等の産業保健関係者を支援するとともに、事業者等に対し職場の健康管理への啓発を行います。
地域産業保健センター(小規模事業場の労働者、事業主が利用)
従業員50人未満の小規模事業所やそこに勤務する労働者に対して、長時間労働者への医師による面接指導の相談、健康相談、個別訪問による産業保健指導、産業保健情報の提供等を原則無料で行います。
医療機関
多くの医療機関には、医療ソーシャルワーカーという専門職が、地域医療連携室等に配置されています。医療ソーシャルワーカーは、医師と本人や職場をつなぐ役割があり、健康管理と職業生活の両立のための意見・情報交換がスムーズにいくように支援しています。
また、医療機関のリハビリテーションでは、就労時の身体的な負担を軽減するために、福祉用具や自助具の選定・適合評価、外出手段の検討等を行っています。
保健所
保健所の保健師の難病支援活動は、地域保健法により「治療方法が確立していない疾病、その他の特殊疾病により長期に療養を必要とするものの保健に関する事項」として提示されており、広域的かつ専門的技術支援を柱としています。 難病医療費助成の申請から地域にそのような患者がどのくらい療養しているか把握し、在宅難病患者の療養相談(保健師の家庭訪問・電話・所内相談等)を受けており、就労相談支援もその一環として、難病相談支援センターをはじめとする地域の支援機関と連携して行われています。
患者会(ピア・サポート)
患者会は、同じ病気による体験をしている患者同士(家族も含む)の支え合いの場です。多くの患者会が医療講演会等の勉強会を開催し、病気に関する正しい知識の学びや交流の機会を設けたり、病気・治療、生活・就労等の最新情報を会報(情報誌)で発信し情報の共有を図ったりする活動をしています。
当事者同士の語らいや情報共有は、心の支えになり、病気に立ち向かう力を高め、病気と上手に付き合う工夫を身につけることができます。
難病に関する普及啓発
難病に関する普及啓発を推進することは、難病患者が地域で尊厳を持って生きられる社会を実現するために重要です。
難病情報センターを通じた普及啓発
難病に関する情報を公開しています。主に病気の解説や国の難病対策、関係支援機関等に関する情報を公開することにより、難病に関する普及啓発を図っています。